前回へ:妖精は小さなおじさん-【⑧】- 


 国際フォーラムのホールに入ったミツルは、不安のあまり身体が硬直していた。

 宇宙出版の20周年イベントの会場には、1,000名を超える関係者で溢れていた。

 これも社長である木崎の人柄であろう。

 『私は一人で生きているわけではわりません』

 これが木崎の口癖だった。

 ミツルの身体が硬直している理由はこれだけではなかった。

 なんとか書き上げたスピーチの原稿がポケットから消えていたのだ。

 家を出るときは確かに持っていた。

 しかし今はどこのポケットを探しても見当たらない。

 国際フォーラムまでは電車とバスを乗り継いできた。
 どこかに落としてきたのだろうか。

 ミツルは、これから迎える試練の恐怖とともに、あの原稿を拾った誰かに読まれることもまた恐ろしかった。

 

 木崎が笑顔で迎えてくれる。

 『先生、今日はお願いしますよ。』

 いつも以上にジェルで固めた短髪。

 木崎の気合い具合は目に見えた。

 まさか原稿をなくしたなんて言えたものではない。

 

 どうなっても知りませんからね。

 

 ミツルはそう答えることにした。

 

 宇宙出版の20周年イベントは木崎の挨拶とともに始まった。

 各関係者の代表が次々とステージにあがり、木崎のこれまでの栄光を面白げに話す。

 その誰もが“こういった場”に慣れていた。

 すると木崎がまたステージにあがり、観客は注目する。

 『皆様、ではここでわが社の存続に大きな貢献をしてくださいました先生をご紹介したいと思います。』

 木崎が壇上からミツルを見た。

 

 もう腹を決めるしかない

 

 ミツルはそう決心してステージに上がる。

 ステージから見下ろす風景は想像を遥かに超えていた。

 ライトに照らされ観客席は見えない。

 しかし、確実にそこに存在する人達の視線は感じられる。

 ミツルの頭は真っ白になっていた。

 木崎の紹介により、期待が膨らんでいるためか、会場は静まり返っている。

 その場に立ち尽くすミツルに、ステージ脇から木崎が声をかける。

 『先生、大丈夫ですか?』

 ミツルは木崎のほうへ目を向けた。

 すると木崎の横に、木崎の膝くらいのところにもう一人の人影が見える。

 人の形をした妖精がいたのだ。

 妖精は何やら口を動かし言った。

 聞こえるはずもないミツルの脳裏にハッキリと言葉が響く。

 

 自分の世界を生きろ

 

 確かに、しっかりとそう聞こえた。

 もう一度、目を向けたそこには、妖精の姿はなかった。

 ミツルは全身の力が程よく抜け、この状況を楽しもうとしている自分に気づく。

 そしてゆっくりと話し始めた。

 

 もし…。

 もし、すべてがなんとかなるとしたら、皆さんは何をしますか?

  

 会場は静まり返ったままだ。

 

 この宇宙には法則があります。

 そしてその法則を理解していれば人生で迷うことはありません。

今日はそのことをお話ししたいと思います。

 

人は頭の中で一度目の経験をし、

この現実の世界で二度目の体験をします。

何かを作ろうと頭で考えたからこそ、それは作られる。

どこかに行こうと考えたからこそ、そこに行くことができるのです。

そしてもっと言えば、それらは考えたわけではありません。

その人自身がひらめいたことなのです。

 

 観衆はミツルの話しを聞いている。

 

 ではそのひらめきは誰が起こしたものなのでしょう?

 誰もがひらめくことはあります。

 人によりその内容は違います。

 そのひらめいたことがその人の使命だとしたら…。

 そういった形で僕たちを導いてくれているとしたら…。

 ひらめいたことやワクワク感じたことを抑えてしまうことは宇宙の道理に逆らっていることだと思いませんか?

 

 観衆がミツルの話しにのめり込んでいく。

 ミツルは続けた。

 

 皆さんが今まで、ひらめいたり、ワクワクしたことを思い出してほしいのです。

 ネガティブなことでしたでしょうか?

 それを実行して誰かが悲しむことでしたでしょうか?

 違うはずです。

 それらはすべてポジティブであり、自身の可能性に挑戦するものだったはずなのです。

 しかし、自分の存在を小さく見積もってしまい、実行せずにきたことが多いのではないでしょうか?

 僕はコンビニでアルバイトをしていたとき、妖精と出会いました。

 

 観衆がざわつくのがわかった。

 

 妖精といってもアニメのような存在ではなく、人間です。

 しかし、外見は人間でも、その心にはワクワクという灯がある人でした。

 その妖精は教えてくれました。

 人には次元というものがあることを。

 同じ形をした人間でも、中身が昆虫みたいな次元の人もいるのだと。

 そしてみな同じこの地球で共存しているのです。

 確かにそうだと感じました。

 我々人類は一昔前、争うことを頻繁に繰り返してきました。
戦争で人を殺めることも当たり前な時代があったのです。

 そういったことを繰り返し、少しずつ次元が上がってきたのだと思います。

 そして今では学校教育でも競うことを改める流れがあります。

 僕たち人間は、一人一人に個性があり、その数だけ世界があるのです。

 そしてその世界の中で生きることが本当の幸せであり、人が求めていることなのです。

 競うことなどせず。

 ではその世界をどうやって知るか。

 それは自分自身を観察することに限ります。

 自分の内から出るワクワクする感情を見逃さないことです。

 そしてその感情に逆らわずに従うこと。

 是非ともそれを実行してほしいのです。

 冒頭でもお話しした通り、すべてはなんとかなります。

 もしこの会場の中で、今までになんとかならなかった経験をお持ちの方がいましたら、手を挙げていただけますか?

 

 ミツルは会場を見渡した。

 観衆もざわついてはいたが、手を挙げる者はいなかった。

 

小学生のときにイジメを受けていたとしても、事業に失敗したとしても、最愛の人が亡くなってしまったとしても、僕たちの人生は今もこうしてあるのです。

これがなんとかなっている何よりもの証拠です。

そして今よりも悪い状況になったとしても、僕たちはなんとかするでしょ?。

 

 ミツルは観衆に問いかけていた。

 自分をこんなにもさらけ出せたのは初めてだった。

 

 どうせなんとかなるのなら、自分のひらめきやワクワクにこの人生を使ってみてはいかがでしょうか?

 そしてその先に起こる未来にまたワクワクしていけばいいのです。

 大切なことは、プロセスを楽しむことにあります。

 今を感じること。感覚を楽しむことです。

 食べ物を噛んでいる感覚、物に触れている感覚、呼吸をしている感覚。

 その一瞬をしっかりと楽しめるようになると、今がある有難みを知ることができるのです。

 そういった次元があるということだけでも、理解してみてほしいと思います。

 僕たち人類は少しずつ、ゆっくりと成長しています。

 奴隷制度や人種差別、戦争など、

 気づいた人が行動を起こすことで歴史は変えられてきたのです。

  

 僕は妖精と出会い、そのことに気づかされました。

 そして文章を書くことでそれを表現していくことになりました。

 その結果、木崎社長に出会い、開花させていただきました。

 木崎社長は僕に言ってくれました。

 僕を必要とする人がいる、と。

 ワクワクに反応してきた結果が、今ここに立っている僕です。

 そしてこれからも、そのことを僕の人生で証明していこうと思います。

 ただワクワクに従えばいいということを。

 

 すべてを話し終えたミツルは我に返った。

 僕は何を言ってるんだ…。

 大勢の前でとんでもないことを言ってしまった自分が恥ずかしかった。

 頭を深く下げて、すぐにステージを去ろうとしたそのとき、
観客から大きな拍手が沸き起こ
ったのだ。

 ミツルはもう一度深く頭を下げ、ステージを降りた。
しかし大きな拍手はまだ鳴りやまな
い。

 ステージを降りるとそこには木崎が立っていた。

 

 『先生、私の目に狂いはありませんでした』

 

 ミツルは、目に涙を溢れさせている木崎に抱きしめられていた。




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