ミツルは湖の近くにいるようだ。
周りには山が広がっている。
辺りを見渡すと、人の姿が見えた。
皆一定の距離を保ちながら、各々が自由に遊んでいるように見える。
しかしどの人の表情も笑っている様子はない。
ミツルは男に質問した。
表情が楽しそうじゃないて?
そりゃそうや。
この時代の人間はお互いの心を理解してるんやで。
それなら愛想笑いなどいらんやろ。
男の言ったことをミツルは考えていた。
本当に楽しいときは笑うでしょ?
ミツルは質問した。
本当に楽しい時ってのは、ウソがある世界の話やろ。
ええか。
裏があるから表があるんや。
表だけの世界に裏はない。一択や。
嘘がない世界では、本当なんて言葉自体が無いんや。
もちろんニンマリと微笑むことはあるで。
あんさんには見分けられんかもしれんがな。
ミツルはそのことについて考えた。
確かにテレパシーで繋がっていては、ウソはつけない。
ウソがつけないのなら表情でごまかす理由はなくなる。
愛想笑いや相づちも必要ないのだ。
そして相手が合わせてくれているのかなどに悩む必要もなくなる。
しかし苦手な人に対してはどうするのだろうか。
600年後の人類は仏様のように寛大になっているということか。
ミツルは質問した。
そんなわけないやろ。
仏さんになるんは死んでからだけでええわな。
男は冗談を言ってから続けた。
そもそも出会う人全員と仲良くしようということがおかしなことや。
合う人もいれば、合わん人もいて当然なんやで。
それを無理にうまくやろうとするからおかしなことになるんや。
ミツルはその意見には同感した。
ミツルが生きている時代でも対人関係が問題となっている。
それにより精神病になってしまう人さえいるのだ。
男は続けた。
テレパシーとは、心の言葉がわかるという意味とは少し違うんや。
あんさんが生きてる時代でも似たようなことはあるやで。
例えば異性関係なんかはわかりやすい。
運命の人に出会ったときにビビッとなんて表現するやろ。あれや。
言葉とかそんなややこしい話ではなくて、感性が研ぎ澄まされる感じやな。テレパシーは。
ミツルはなんとなく理解ができた。
初めて会った人なのに、ずっと昔から繋がっていた感覚を感じたことがある。
テレパシーとはそういう感覚に近いのか。
すべての人はテレパシーで繋がっている。
そのことで偽りはなくなり、ありのままの自分自身で居られる。
するとより自分の世界観の中で楽しむことができる。
人は夢中で楽しんでいるとき、表情は素になるのかもしれない。
次にミツルはそれぞれの人が来ている衣服に注目した。
麻などのシンプルなデザインの服を着ており、どこか民族衣装っぽさが感じられる。
待てよ。
ミツルは思った。
テレパシーで人と繋がることによって言葉は使わなくなり、洋服がシンプルな素材のものを長く使っている。
歴史で学んでいた古代の人類と同じではないか?
ミツルはここが本当に2600年に来ているのか、男に尋ねた。
かなわんな~。
わてがそないなミスをするわけないやろ。
あんさんが見ているここは2600年の日本や。
男はそう言ってから続けた。
ええか。
あんさん達には生と死がある。
その中で得た知識を世界やと思っとる。
そやけど永遠の中にいるわてらからしたら、そんなもんちっぽけ過ぎて話にならんのや。
セミの一生は一週間っていうやろ。
人間からみたセミと同じや。
男は呆れた表情で続けた。
人間が学校で教わるのは、大昔に人類が誕生して、長い年月をかけて今があり、これからも発展していくという、直線的な考え方やろ。
実際はちゃうで。
行ったり来たりの繰り返しや。
発展が行きすぎたら戻り、戻り過ぎたら発展へ舵を切る。
人類は長―い年月をかけてこれを繰り返しとるだけやで。
ミツルはそれを聞いて驚いた。
しかし確かに想像はできる。
振り子の原理だ。
物事は中心を軸として振られると、またもとの位置へ戻る力が働く。そしてその反対へ振られた場合も同じである。
親の世代のファッションが回り周って孫の世代で流行りだす感じと似ている。
男は続けた。
人類は発展し過ぎると、何かを理由に古代の思想に戻っていくんや。
その理由はそのときによってさまざまやけどな。
ミツルはそれについても考えていた。
災害などが世界規模で多発し始めると、人々の感情が動かされ、大きなエネルギーとなる。
すると物事は動き出すのかもしれない。
ミツルは質問した。
ということは、人類は古代と近代社会を何回か繰り返してるいうことですね?
想像できないほどの長い年月をかけて。
何回どころやないで。
何億万回もや。
化石とか遺跡とかあるやろ。
あれはその繰り返しのどこかの時代のものってだけやで。あんさんら人類の足跡や。
それを直線でしか考えないから、ややこしくなるんやな。
ミツルは鳥肌が立っていた。
それならこれが未来だとしてもおかしくはない。
人類はどこかで舵を切り、昔の暮らしに戻っていくことになるのだ。
振り子が行き過ぎてしまったことで。
大昔の民族が言葉を使っているイメージはミツルにはなかった。
なにか彼らだけが使えるテレパシーのような能力があったのではないかと考えていたことを思い出す。
これで理解ができた。
ミツルは男に質問した。
すると人類は過去のデータを何かの災害で失ったというわけですね?
毎回どこかの時代で。
そういうことやな。
天災から人災まで今までに数多くのどうにもならんことが起きた。
それによりある意味リセットされて、再度出発となるんやな。
人から人への伝達では正確な情報は伝わってはいかんやろ?
ミツルは昔遊んだ、伝達ゲームを思い出した。
次々に耳打ちして聞いたことを伝えていく。
しかし最終的には全く違う文章になっているのだ。
男が言うように何億万回も繰り返しているのだとすれば、伝わっていくはずもない。
その時、ミツルは激しい目まいに襲われた。
呼吸もしにくくなっている気がする。
以前も経験していたミツルにはわかっていた。
あんさん、ボチボチ帰るで。
手遅れになったら時空をさまようことになってまうからな。
それを聞いたミツルは男に尋ねた。
妖精の世界を知っている、資本主義をコントロールしている一部の人間のことを教えてください。
しかし辺りは暗くなり、男の返事が返ってくることはなかった。
『お客さん、大丈夫ですか?』
ミツルは駅員さんの声で目を覚ます。
終点の本八幡駅まで来てしまっていたようだ。
『なにか叫んでましたけど平気ですか?』
駅員さんは心配そうに対応してくれる。
時計は14時20分。
まだ酔っ払いが出没する時間帯ではない。
ミツルは迷惑をかけたことを謝り、シートから立ち上がった。
すると駅員さんがミツルを見て言った。
いずれ、あんさんの前に現れるやろ。
駅員さんはそう言うと、表情を変えず隣の車両へと歩き去っていった。
ミツルは独り言をつぶやいた。
続きへ:妖精は小さなおじさん-【㉓】-
~初めから読む~
妖精は小さなおじさん-【①】-
前回へ:妖精は小さなおじさん-【㉑】-
-自叙伝-
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